一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

「保護主義の嵐」を招く「バイデン政権の中国製EVに対する100%関税」は、
日本車メーカーに統合・再編を迫る号砲か!?

 タイ・米通商代表部(USTR)代表は5月22日、8月1日から、中国製の電気自動車(EV)に対する輸入関税率の100% (現行の25%の4倍)への引き上げなどを実施する、と発表した。バイデン米大統領の指示に従ったもので、米通商法の301条に基づく対応だ。
 予期されたことだが、中国は猛反発、「断固たる措置をとる」といい、4年前に続いて再び強い対抗措置を採る構えを見せている。
 中国製EVについては、欧州連合(EU)やカナダも苛立ちを強めている。フォンデアライエン欧州委員長は5月6日のマクロン・仏大統領と習近平・中国国家主席との3者会談で、中国の補助金を不当な支援と指摘、「改善しなければ、対抗措置を取る」と強硬で、米、EUが世界的な制裁関税の引き上げ合戦と保護主義の嵐の端緒を開く勢いなのだ。
 そうなれば、自国の自動車市場の規模が小さい日本は難しい立場に陥りそうだ。

 中国の貿易慣行を問題にした通商法301条に基づく関税に引き上げは、トランプ前政権が2018年から開始したものである。同政権は4回にわたって関税に引き上げ策を繰り返した。対象になった中国製品は合計で3700億ドル相当で、最高税率は25%に達していた。
 トランプ氏は今回の大統領選でも、対中関税の強化を訴えており、バイデン氏は自身の政権発足後、トランプ氏が始めた高率の対中関税を維持してきた。
 そして今回は、大統領選を待たずに、トランプ氏の主張を先取りする形で、さらに踏み込んで対中関税政策を引き上げた。

 一方、中国経済への影響は、4年前より深刻かもしれない。中国経済が、不動産バブルの崩壊や、若年層の失業増加、成長率の鈍化などに喘いでいるからだ。そうした中で、中国製の工業製品の輸出は、中国経済の回復の数少ない推進力になるとみられていた。こう考えると、政治的、象徴的な側面も含めて、国内の不満をそらすため、中国の習近平政権が外交・安全保障政策をより強硬な方向にシフトさせるリスクも付き纏う。
  中国が柔軟な対応をとりにくいことは、前述の3者会談でも浮き彫りになっていた。フォンデアライエン欧州委員長がEV、太陽光発電モジュール、鉄鋼などの中国製品のEUへの輸出削減を迫ったのに対し、習主席が真摯に応じようとしなかったのである。中国国営の新華社通信によると、習主席は、「中国の生産過剰問題は存在しない」と突っぱねたばかりか、「割安な中国製品は、EU(経済)の(問題になっている)インフレ圧力を和らげる効果があり、中国とEUの貿易は相互にメリットがある」などと居直ってみせたという。
 習主席の言動を見る限り、当面、中国による自主的な輸出の抑制は、期待できず、EUが米国に続いて制裁に乗り出すのは確実と見るしかないだろう。欧州では、早ければ来月上旬までに、中国製EVに対する追加関税の賦課をEUが発表すると取り沙汰されている。

 対する中国でも、早くも、欧米だけでなく、日本や台湾も報復関税の対象地域とし、大型乗用車や、自動車、電機、精密機器などの部品に使われる化学製品などに報復関税を課す案が検討されているとの報道がなされている。
 双方がこのまま踏みとどまらずに突き進めば、世界的に報復関税の嵐が吹き荒れる事態を避けられない。

 そうなった場合、最も難しい立場に立つのは日本と考えるべきだろう。
 というのは、欧米に追従して対中関税の引き上げに踏み切れば、予想される中国の報復措置で行き場を失う日本製品の販路が、日本の国内市場にも海外市場にも存在しないためである。
 とはいえ、欧米のような中国産EVの輸入関税の引き上げを見送れば、欧米市場から締め出される廉価な中国製EVが日本市場に集中豪雨的に輸出され、EV車の開発・供給で出遅れている日本車メーカーのEV事業の出鼻をくじくことになりかねない。

 世界の自動車メーカーはかねて、EV化などのカーボンニュートラル対応だけでなく、全自動運転やシエアリングなど同時多発的な大きな経営環境の変化への対応を迫られていた。が、米テスラ社や中国のBYDのような巨大なキャッシュフローを持たない日本勢で、対抗し得る研究開発や設備投資の資金をねん出できるのはトヨタ自動車ぐらいという状況を露呈していた。
 他社は、ホンダや日産自動車といえども単独で十分な対応をできる財務体質を確保できていないのだ。
 そうした中で、今回、EVを巡る世界的な関税戦争が加わることによって、日本車メーカーは、トヨタとその他の2大グループへの集約のような大胆な再編をしないと、巨額化の一途を辿る投資・開発競争を生き残ることが難しくなるのかもしれない。

2024年5月27日

COLUMN

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